2014年5月17日土曜日

新時代のメタル、ニュー・メタル


カート・コバーンの猟銃自殺によりグランジブームが終焉を迎えた1994年、ポップパンクとブリットポップがシーンを席巻することになったが、メタルシーンにおいても後のシーンを変えるきっかけをつくった一枚のアルバムがリリースされる。コーンの1stアルバム『Korn』である。ヘヴィ・メタルにヒップホップを組み合わせた独自のサウンドと退廃的で歪んだ世界観が強烈なインパクトを残し、ノン・プロモーションながら70万枚というセールスを記録。彼らが見せた音楽性はニュー・メタル(Nu Metal)と呼ばれ、90年代後半から2000年代前半にかけて花開くこととなる。

1996年、ラップメタルの先駆的バンド、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンが2ndアルバム『Evil Empire』で全米チャート1位、300枚を売り上げると、同年、コーンも2ndアルバム『Life Is Peachy』で全米チャート3位、200万枚の売り上げを記録。グランジ・オルタナブームの到来によりもはや主流ではなくなっていたメタルは形を変えて再びメジャーシーンで存在感を見せ始めるのであった。

1997年、コーンが3rdアルバム『Follow the Leader』をリリース。全米チャート1位、500万枚の売り上げを記録すると、ニュー・メタルの勢いは止まらず、1999年にコーンのフォロワーバンド、リンプ・ビズキットがリリースした2ndアルバム『Significant Other』が全米チャート初登場1位、700万枚を売り上げる。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのザック・デ・ラ・ロッチャは「俺たちが積み上げてきたヘヴィ・ロックの歴史は、リンプ・ビズキットが700万枚売り上げた日に崩れ去った」とファックを連発する暴力的な歌詞と、メッセージ性よりもノリのよさを優先したニュー・メタルのスタイルを批判。レイジは2000年に解散してしまう。

2000年、リンキン・パークが1stアルバム『Hybrid Theory』リリースしたことでニュー・メタルは最高潮を迎える。ロック、ヒップホップ、エレクトロをうまく組み合わせたこのアルバムは世界で2,500万枚という桁違いのセールスを記録、2001年にアメリカで最も売れたアルバムとなる。2003年には2ndアルバム『Meteora』をリリース。全米チャート1位、全世界で2000万枚を売り上げる。

しかし、一方でニューメタルは似たようなバンドで溢れかえり飽和状態に。ブームは陰りを見せ始めていた。2002年、コーンがプログレッシブな作風の5thアルバム『Untouchables』でセールスを落とすと、2003年にはリンプ・ビズキットも4thアルバム『Results May Vary』で酷評されるなど前作を大幅に下回るセールスとなってしまう。2007年にリンキン・パークは3rdアルバム『Minutes to Midnight』でニュー・メタル的なサウンドと決別。ニュー・メタルは終焉を迎えた。

Linkin Park(リンキン・パーク)






Limp Bizkit(リンプ・ビズキット)



Korn(コーン)





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