2014年6月15日日曜日

リアーナ、2005年に彗星のごとく現れた”クイーン・オブ・ダンスホール”【2005年~2006年】


カリブ海西インド諸島南部の人口わずか25万人の小さな島国バルバドスで生まれたロビン・リアーナ・フェンティ(Robyn Rihanna Fenty)は、15歳のときに、バカンスでこの島を訪れていたクリスティーナ・アギレラ、ケーリー・クラークソンなどを手掛けたニューヨークの人気プロデューサー、エヴァン・ロジャースと知人の紹介で出会い、本格的な音楽活動を始めるためにNYへ飛び立つ。デモテープを制作して、各レーベルに送った中で真っ先に反応したのが当時デフジャムのCEOに就任したばかりの人気ラッパー、Jay Z(ジェイ・Z)だった。リアーナの歌声に惚れ込み、即座に契約。

1stアルバム『Music of the Sun』


2005年8月、レゲエ、ダンスホールといったカリブ音楽とR&Bをミックスさせたダンスポップなシングル「Pon De Replay(ポン・デ・リプレイ)」をリリース。当時Saun Paul(ショーン・ポール)を中心にやや盛り上がりを見せていたレゲエシーンから出てきたこの曲でいきなり全米チャート2位を獲得。その1週間後にリリースした1stアルバム『Music of the Sun』が全米チャート10位を獲得するなど、”クイーン・オブ・ダンスホール”として一気にスターダムに駆け上がる。

Pon De Replay


2ndアルバム『A Girl Like Me』


1stアルバムからわずか7ヵ月後、2006年4月にリリースされた2ndアルバム『A Girl Like Me』は、1stアルバムの延長だが、アップテンポで明るいサウンドとなっている。アルバムは全米チャート5位を獲得、全世界で300万枚売り上げ、セールス面で前作を上回る結果を残す。2月のバレンタインデーにリリースされたリードトラック「SOS」はナイキとの「Nike Rockstar Workout」というダンスエクササイズのタイアップ企画で話題となり、5月になると、34位から一気に順位を上げて、それまで5週連続1位をとっていたDanile Powterの「Bad Day」を退け、遂にリアーナ初の全米シングルチャート1位を獲得する。


リアーナを語る上では欠かせないプロダクションチーム、Stargate(スターゲイト)が手掛けた「Unfaithful」は当時の彼ららしいピアノとストリングスの曲に。同じくスターゲイトが手掛けた「We Ride」も2拍目と4拍目に手拍子が入るゆっくりとしたビートで、いかにも当時のスターゲイトといった感じの曲になっています。このプロダクションチームはリアーナと同じレーベルに所属しているNe-Yo(ニーヨ)の曲も多く手掛けていて、ニーヨが2006年にリリースした「Sexy Love」、「So Sick」とかなりサウンドが似ています。

SOS


Unfaithful


We Ride



【前編】リアーナ、2005年に彗星のごとく現れた”クイーン・オブ・ダンスホール”【2005年~2006年】
http://kkssskk.blogspot.jp/2014/06/200520052006.html

【中篇】リアーナ、アイドル路線からの脱却、DV事件【2007年~2009年】
http://kkssskk.blogspot.jp/2014/06/dv2007-2009.html

【後編】リアーナ、ダンスミュージックへの接近【2010年~】
http://kkssskk.blogspot.jp/2014/06/2010.html



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