2014年9月23日火曜日

マックス・マーティン、18回目の全米シングルチャート1位で歴代3位に


Max Martin(マックス・マーティン)はスウェーデン出身のプロデューサー。
90年代半ばからプロデューサーとして活動。Backstreet Boys(バックストリート・ボーイズ)、Britney Spears(ブリトニー・スピアーズ)、'N Sync(イン・シンク)、Kelly Clarkson(ケリー・クラークソン)、Pink(ピンク)、Katy Perry(ケイティ・ペリー)、Taylor Swift(テイラー・スウィフト)、Ariana Grande(アリアナ・グランデ)をプロデュースしたことで知られています。

2014年8月、マックス・マーティンがプロデュースしたテイラー・スウィフトの「Shake It Off」が全米シングルチャート1位を獲得したことで、通算18回の1位、マライア・キャリーの17回を抜き歴代3位になりました。ちなみに歴代1位がPaul McCartney(ポール・マッカートニー)の32回、2位がJohn Lennon(ジョン・レノン)の26回。現在のポップミュージックシーンで人気のプロデューサーといえばマックス・マーティンかDr. Luke(ドクター・ルーク)という時代です。

Taylor Swift - Shake It Off

プロデューサーへの転身

1971年2月、スウェーデンの首都ストックホルム郊外の小さな町で生まれたKarl Martin Sandberg(カール・マーティン・サンドバーグ)。国の音楽教育プログラムを受けて育った彼は1985年にグラムメタルバンド、It's Aliveを結成する。音楽に専念するために高校を中退、1991年に制作した1stアルバムがメジャーレーベルBMG傘下セイロンレコーズの創設者Denniz PoP(デニス・ポップ)に評価され契約。1994年にリリースした2ndアルバムでヨーロッパツアー、30カ国で販売するもセールスは3万枚と惨敗。しかし、アルバム制作の過程でデニス・ポップにソングライティングの才能を認められたマーティンはセイロンスタジオに雇われ、デニスの下でプロデュース業に取り掛かる。

1995年、彼らがプロデュースしたスウェーデンのポップグループ、Ace of Base(エース・オブ・ベース)の2ndアルバム『The Bridge』が600万枚のヒットを記録。セールスは前作を大きく下回ったが、アメリカで成功したのは大きかった。同年、セイロンスタジオは当時独立系最大手ゾンバレコードからバックストリート・ボーイズのデビューアルバムの制作の依頼を受ける。1996年10月、マーティンがプロデュースしたシングル「Quit Playing Games (with My Heart)」が全米チャート2位を記録。バックス初となるチャートトップ10入りだった。

Backstreet Boys - Quit Playing Games (With My Heart)

バックス、ブリトニーのプロデュース

「Quit Playing Games (with My Heart)」をヒットさせたバックスは翌年1997年8月にアメリカでの1stアルバム『Backstreet Boys』をリリース。全米チャート4位、1400万枚の売り上げを記録する。1999年5月に2ndアルバム『Millennium』で初の全米チャート1位を獲得。セールスも全世界で3000万枚と爆発的なヒットを記録。続く2000年11月には3rdアルバム『Black & Blue』でも全米チャート1位、全世界で2400万枚の売り上げを記録する。

順調にみえたバックスだが、世界ツアーを終えた2002年にA.J.のアルコール・ドラッグ中毒問題、所属事務所との離脱問題、ニックのソロ活動もあり約2年の活動休止に入る。

バックスのヒットと同じ時期にディズニーチャンネル出身のブリトニー・スピアーズがデビュー。1998年9月、16歳のときに1stシングル「...Baby One More Time」でデビューすると、いきなり全米・全英チャート1位を記録。元々はマックス・マーティンがバックスのために作った曲で、断られたためアメリカのR&BガールズグループTLCに話を持ちかけるも却下。ブリトニーによって歌われることになった。翌年1月にリリースした1stアルバム『...Baby One More Time』も全米チャート1位、全世界で3000万枚を売り上げるヒットを記録する。

Backstreet Boys - I Want It That Way

Britney Spears - ...Baby One More Time

Britney Spears - Oops!...I Did It Again

師デニス・ポップの死、ポップシーンの重鎮に

1998年8月、マーティンの師匠デニス・ポップが胃がんにより35歳の若さで死去。これにより2000年にセイロンスタジオは解散。マーティンは2001年1月に新しくマラトンスタジオを設立。セイロンスタジオ時代に続いてブリトニー・スピアーズの作品をプロデュース。2004年にはアメリカのオーディション番組「アメリカン・アイドル」で優勝したケーリー・クラークソンを当時無名のドクター・ルークとともにプロデュース。彼らがプロデュースした「Since U Been Gone」はケーリー・クラークソンの出世作となると同時にドクター・ルークの出世作にもなった。

マーティンの音楽性もこの曲あたりから変化。それまではボーイズグループ、ボーカルグループのプロデュースでR&B寄りのユーロポップ、ダンスポップだったが、2000年代半ばからギターベースのポップロックを志向するようになる。

マックス・マーティンとドクター・ルーク。この2人のプロデューサーが後のポップシーンの中心人物になっていく。2008年以降のポップシーンで最も売れているアーティスト、ケイティ・ペリーの作品はほとんど彼らの共作。個人としてもマーティンはピンク、テイラー・スウィフト、アリアナ・グランデ。ドクター・ルークはリアーナ、ケシャ、ジェシーJ、マイリー・サイラスをプロデュースしている。マーティンがR&B寄りなのに対してルークがエレクトロポップ寄り。2014年にマーティンのプロデュースでリリースされたアリアナ・グランデの「Problem」、ジェシー・Jの「Bang Bang」、テイラー・スウィフトの「Shake It Off」をみるとギターレスのR&Bにシフトしているようです。

Kelly Clarkson - Since U Been Gone

Kelly Clarkson - My Life Would Suck Without You

P!nk - So What

P!nk - Raise Your Glass

Avril Lavigne - Smile

Taylor Swift - We Are Never Ever Getting Back Together

Taylor Swift - I Knew You Were Trouble

Justin Bieber - Beauty And A Beat ft. Nicki Minaj

Ariana Grande - Problem ft. Iggy Azalea

Max Martin Scores 18th No. 1 On Billboard Hot 100 | Billboard
http://www.billboard.com/articles/columns/chart-beat/6236395/max-martin-scores-18th-no-1-on-billboard-hot-100-shake-it-off

Britney Spears, "…Baby One More Time," 1999
'N Sync, "It's Gonna Be Me," 2000
Katy Perry, "I Kissed a Girl," 2008
P!nk, "So What," 2008
Kelly Clarkson, "My Life Would Suck Without You," 2009
Britney Spears, "3," 2009
Katy Perry feat. Snoop Dogg, "California Gurls," 2010
Katy Perry, "Teenage Dream," 2010
P!nk, "Raise Your Glass,"2010
Britney Spears, "Hold It Against Me," 2011
Katy Perry featuring Kanye West, "E.T.," 2011
Katy Perry, "Last Friday Night (T.G.I.F.)," 2011
Katy Perry, "Part of Me," 2012
Maroon 5, "One More Night," 2012
Taylor Swift, "We Are Never Ever Getting Back Together," 2012
Katy Perry, "Roar," 2013
Katy Perry feat. Juicy J, "Dark Horse," 2014
Taylor Swift, "Shake It Off," 2014



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