2015年3月4日水曜日

80年代のオルタナティヴ・ロック


80年代、MTVの開局とCDの登場によって商業化した音楽産業のカウンターカルチャーとしてアンダーグラウンドではオルタナティヴ・ロックが生まれていた。オルタナティヴ(Alternative)とは「他の、代わりの」という意味。

80年代前半 ~初期オルタナ / R.E.M.~


80年代の初期のオルタナティブロックのR.E.M.(アール・イー・エム)、The Feelies(ザ・フィーリーズ)、Violent Femmes(ヴァイオレント・ファムズ)はパンクとメインストリームやフォークを融合させたサウンドであった。

R.E.M.が1983年にリリースしたデビューアルバム『Murmur』はTop40に入り、ジャングル・ポップと呼ばれるジャンルのフォロワーを生んだ。

R.E.M.(アール・イー・エム)

80年代半ば ~メジャーへの挑戦 / Hüsker Dü~


インディレーベルのSST Records、Twin/Tone Records、Touch、Go Records、Dischord Recordsは当時のアンダーグラウンドシーンの主流であったハードコアパンクから、インディーシーンで台頭しつつあったオルタナティブロックにシフトする。

ミネソタ州の都市ミネアポリスのバンドであるHüsker Dü(ハスカー・ドゥ)、The Replacements(ザ・リプレイスメンツ)はその流れの中で生まれた代表的なバンド。両方とも初期はパンクロックであったが、次第にそのサウンドをメロディックなものに変えていった。

特にハスカー・ドゥはアンダーグラウンドにおいてハードコアパンクとメロディックなカレッジロックを融合させた意味で重要な役割を果たした。

また、ハスカー・ドゥはインディーシーンからメジャーレーベルとの契約をした初めてのバンドといわれている。このバンドがでてきたことによって、カレッジロックが商業的に通用するという認知がされるようになった。

Hüsker Dü(ハスカー・ドゥ)


80年代後半 ~多種多様なオルタナ~ 


80年代後半になると、オルタナティヴ・ロックはオルタナティヴ・ポップ(They Might Be Giants、Camper Van Beethoven)、ノイズロック(Sonic Youth、Big Black、The Jesus Lizard)、インダストリアル・ロック(Ministry、Nine Inch Nails)など多種多様となる。

こうしたサウンドはボストンのPixies、ロサンゼルスのJane's Addictionの出現によって注目されるようになる。

同時期にシアトルではグランジが登場する。

グランジはパンクロック的な荒々しく激しいサウンドとHM/HR的なヘヴィなサウンドにディストーションがかかったサウンドが特徴。初期のグランジのバンドであるSoundgarden、Madhoneyは評論家から絶賛される。

80年代末には多くのオルタナティヴ・ロックバンドがメジャーレーベルと契約するようになる。初めてインディシーンからメジャー契約したハスカー・ドゥ、ザ・リプレイスメンツの成功は限られたものであったが、初めの頃からメジャーレーベルと契約していたR.E.M.、Jane's Addictionはゴールドディスク(50万枚)、プラチナディスク(100万枚)を売り上げ、オルタナティヴ・ロックのメインストリーム化の土台をつくった。


They Might Be Giants(ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツ)

Sonic Youth(ソニック・ユース)

Nine Inch Nails(ナイン・インチ・ネイルズ)

Pixies(ピクシーズ)




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