2015年6月30日火曜日

サマソニ2015土曜トリのケミカル・ブラザーズとは?【中編】


ケミカル・ブラザーズが、2ndアルバムをリリースしてから一時活動を休止するまでの、1997年~2009年を振り返る。

1995年、ロック、アシッドハウス、テクノ、ヒップホップという要素が混じったデビューアルバムでシーンに衝撃を与え、「ビッグビート」と呼ばれるジャンルを築いたケミカル・ブラザーズは、2年後の1997年、2ndアルバムで初の全英アルバムチャート1位を獲得する。

彼らはアルバムによって、ロック色を強めたり、サイケデリック・ミュージック、ヒップホップを意識するなど、誰も聴いたことがない先鋭的な音を模索していった。

この期間、2ndアルバム(1997年)から6thアルバム(2007年)まで5作連続で全英アルバムチャート1位を獲得している。


新時代到来(1997年~1999年)


勢いに乗ったケミカル・ブラザーズ。そんな中、1997年、2ndアルバム『ディグ・ユア・オウン・ホール』をリリースする。前作より荒々しさが増し、ロック色が際立った本作。結果、ダンス/テクノのジャンルとしては異例ともいえる、全英アルバムチャート1位を獲得した。

さらに1998年、「ブロック・ロッキン・ビーツ」がグラミー賞で最優秀ロック・インストゥルメンタル賞を受賞。アメリカでも確固たる地位を築いていった。


新しい時代の到来を告げたアルバム『ディグ・ユア・オウン・ホール』は、世界で200万枚以上を売り上げるヒット作となった。

1stアルバムに加えてテンポ感を増して、ロックの要素が増えていった。例えば、1stアルバムでもやっていたが、ベースにファズをかけて荒々しさを出したり、かなり勢いのあるブレイクビーツ・トラックも出していった。それが、ロック層に大きく受け入れられた。

また、アメリカのマーケットに受け入れられたことで、ケミカル・ブラザーズを全世界に広げるきっかけになった。この2ndアルバムは、そのきっかけを作ったアルバムとなった。


イギリスが誇るアーティストとなったケミカル・ブラザーズ。1999年、3rdアルバム『サレンダー』を発表。

自分自身からも抜け出してしまえるぐらい、僕らは音楽に取りつかれている。聴く人を本当に引きずりこむような音楽を作りたかったんだ。―トム・ローランズ

彼らは本作で自らの世界観をより深めていった。


2ndアルバムと比べて、幅が広くなった。ヴォーカルをしっかりフィーチャーしたアルバム。収録曲の「ミュージック:レスポンス」が、木村拓哉が出演したリーバイスのCMに使われるなど、日本での認知は、このアルバムで確実にした。


オアシスのノエル・ギャラガーをフィーチャーした「レット・フォーエヴァー・ビー」。独特の世界観が話題となったミュージックビデオは、鬼才ミシェル・ゴンドリーが手掛けた。空間を自由自在に歪ませてしまう手法や、CGではなく実在の7人のモデルが万華鏡のように展開するアイデア溢れる映像となった。

(歌詞)ありとあらゆる人たちに向かって輝きを放つのは、どんな気分だい。永遠を永遠のものとして受け止めるのは、どんな気分だい。人生のわずかな時間を、どん底に座り込んだままで、交響曲をがなり立てながら過ごすのは、どんな気分だい。そよ風を受けて航海するのは、どんな気分だい。人生のわずかな時間を、どん底に座り込んだままで、交響曲をがなり立てながら過ごすのは、どんな気分だい。

また、マンチェスターの伝説、ニュー・オーダーのバーナード・サムナー、プライマル・スクリームのボビー・ギレスピーが参加した「アウト・オブ・コントロール」。特徴的な2つの声の融合が話題を呼んだ。

バーナード・サムナー:彼らの歌のアレンジは面白かった。何ていうか、ギターのメロディが流れてきて、電球がショートするみたいにバーンと爆発するんだ。すっごくクレバーだった。
トム・ローランズ:ニュー・オーダーと僕らのコラボ、普通は想像できないよ。でも僕らは予想できた。音のカケラが集まってアイデアが形になる。

結果、アルバム『サレンダー』は2作連続となる全英1位を獲得。


新たな潮流の模索(2000年~2009年)


2000年代に入り、ダンスミュージックがポップシーンに定着したこの時代。しかし、そんな中でも彼らの挑戦は止まらない。レコード屋からクラブでのDJブースなど、その音楽探求の場は多岐に渡った。


こうして完成したのが2002年発表の4thアルバム『カム・ウィズ・アス』だった。

ケミカル・ブラザーズは、1996年以降、新作をリリースする前に『エレクトロニック・バトル・ウェポン』というテストトラックを、アナログ盤でクラブ用に不定期でリリースしてきた。その『エレクトロニック・バトル・ウェポン』で出していた、「イット・ビガン・イン・アフリカ」と後にタイトルを付けられた曲が爆発的な人気を博した。ダンス・コンシャスな曲で、クラブ向けのダンスミュージックのアンセム的な楽曲であり、彼らが元々好きだったサイケデリック・ミュージックが混在する作品となっている。


サイケデリックの要素をより強め、実験的でありながらも、時流を読んだサウンドを構築した本作。ケミカル・ブラザーズの代名詞となった高揚感溢れる「スター・ギター」。ビデオは再びミシェル・ゴンドリーが担当し、驚愕の映像を世に放った。


リズムと情景のシンクロが見事にハマったビデオも話題となり、結果、アルバムはダンス系アーティストとして史上初、全英チャート3作連続1位。快挙を成し遂げた。

エド・サイモンズ:誰だって自分の音楽に最高の映像をつけたいと思うだろ。ミシェル・ゴンドリーに出会えて良かった。他にもスパイク・ジョーンズやドム&ニックなど、みんな素晴らしい。自分達のアイデアは出していない。でも優秀な監督達と仕事が出来て幸運だったんだ。曲を監督に渡して、それを彼らが気に入ってくれて、それで初めていい作品が出来る。

人気を不動のものにした彼ら。だが、実験は続く。


2005年発表の5thアルバム『プッシュ・ザ・ボタン』。

ヒップホップ・アーティスト、Qティップをフィーチャーしたシングル「ガルバナイズ」。民族的な要素に加え、ヒップホップとの融合という先鋭的なサウンドを表現した。


前の作品は4つ打ちのダンスものが多かったが、本作は強いヒップホップな楽曲が人気を博した。デビュー当時はヒップホップ色があったが、アルバムを進めていくうちにテクノ寄りのサウンドになっていったなかで、またヒップホップに戻った。

アルバム『プッシュ・ザ・ボタン』は再び全英1位。日本でもオリコン・アルバムチャート9位になるなどヒットを記録した。

『プッシュ・ザ・ボタン』は、自分たちの音の方向性を模索していた頃のアルバムなんだ。アルバムの大ヒットは音楽を続けていく自信を僕らに与えてくれたと思う。―エド・サイモンズ

2006年、再び栄冠に輝く。第48回グラミー賞のダンス部門で2冠を獲得した。


2000年代後半、UKシーンではパンクとニュー・ウェーヴのリバイバルが巻き起こった。その中登場したクラクソンズは、ダンスシーンからも大きな注目を集め、彼らのサウンドはニュー・レイヴと呼ばれた。

その流れを受け、活動開始から15年、誰も聴いたことがない音を常に模索してきたケミカル・ブラザーズは、さらなる進化を遂げる。


2007年、6枚目のアルバム『ウィ・アー・ザ・ナイト』を発表。

ニュー・レイヴなどエレクトロなサウンドが世界中で流行っていた当時、ケミカル・ブラザーズはエレクトロには迎合しないとしながらも、時代の流れを掴みつつ、要所で取り入れながら独自のサウンドをつくっていった。

クラクソンズをフィーチャーした「オール・ライツ・リヴァースド」といった曲も出している。


楽曲の基礎は、のどかなイギリス郊外。トムのプライベートスタジオで制作された。これまでの攻撃的な面と、穏やかな部分が同居した本作。そこには進化したサウンドがあった。



本作で全英アルバムチャート5作連続となる1位。ダンスアクトとしては、他に類を見ない大記録であった。


翌年、これまでのキャリアを総括するベスト盤『ブラザーフッド』をリリース。

しかし、アルバムのプロモーションツアー終了後、一時活動を休止。理由は、大音量の音響システムが、メンバーの聴覚を阻害することにあった。


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