2015年9月9日水曜日

【UFC Japan 2015】廣田瑞人 vs. 石原夜叉坊


第6試合は、廣田瑞人 vs. 石原夜叉坊のフェザー級対決。

TUF日本版「Road to UFC Japan」決勝戦となる、このカードからメインカードとなります。11時00分開始。

廣田瑞人は、17勝のうち10がKO勝ちというストライカー。CAGE FORCE、戦極、DEEPと国内3団体で王者となり、2012年にStrikeforce・UFCと契約するも、3連敗でリリース。Road To UFC Japanでは、大澤"大尊"伸光、DJ.taikiにフィジカルで圧倒し、危なげなく決勝戦進出を決めた。2年ぶりのUFC参戦で、初勝利なるか。

石原夜叉坊は、7勝のうち6つがKO勝ちというストライカー。Road To UFC Japanでは、安藤達也、西浦"ウィッキー"聡生に苦戦しながらも、積極的にパンチを放ち、テイクダウンを試みるなど、泥臭く判定勝ちを収め、決勝進出を決めた。バンタム級(60キロ:修斗フェザー級)で活動してため、UFC参戦後にライト級からフェザー級に落とした廣田とは、体格差があるが、優勝できるか。


【第6試合】廣田瑞人


出身:日本(長崎)
年齢:34
身長:171cm
体重:65kg
リーチ:170cm
戦績:12勝7敗(UFC 0勝3敗)


【UFC戦績】
2013/06/08 × ホドリゴ・ダム(判定1-2)
2013/03/03 × ハニ・ヤヒーラ(判定0-3)*日本大会, フェザー級変更
2012/07/14 × パット・ヒーリー(判定0-3)*Strikeforce

修斗タイトル獲得に失敗するも、CAGE FORCE王者に


2004年、全日本アマチュア修斗選手権で優勝すると、プロ転向。翌年、2005年には修斗ウェルター級新人王決定トーナメントで優勝。プロとして6連勝とすると、2007年に中蔵隆志が持つ修斗環太平洋ウェルター級王座に挑戦。しかし、判定負けを喫し、7戦目にしてプロ初黒星となる。

次の試合でも1Rダウンするなど判定負けとなり連敗。活動の場をCAGE FORCEに移す。2007年12月からわずか5ヶ月で3試合こなし、3連続KOでライト級王座を獲得する。

戦極グランプリ準決勝敗退も、リベンジを果たす

2008年、戦極ライト級グランプリ1回戦でライアン・シュルツに2R右スーパーマンパンチでKO勝ち。自身初のメジャー団体となったこの試合は、キャリアで鍵になった試合だという。4連続KO勝ちとなったが、次の準決勝では横田一則に判定負けを喫してしまう。

しかし、2009年、廣田が敗れた戦国ライト級グランプリで優勝した北岡悟に、4RTKO勝ちを収め、戦極ライト級王者となる。北岡は7年ぶりのKO負けだった。

悲劇の大晦日。手術から復活し、DEEPのライト級王者に


この年の大晦日、悲劇は起こった。DREAM vs. 戦極の対抗戦となったDynamite!!で、DREAMライト級王者の青木信也と対戦。1R早々、グラウンドに持っていかれると、マウントをとられ、最後はバックマウントからのアームロックで右上腕を骨折し、サブミッション負け。

骨折した右腕をプレートで固定する手術をし、1年8ヵ月後にDEEPで試合復帰。2011年、後にUFCと契約するDEEPライト級王者の菊野克紀に判定勝ちを収め、新王者に。

Strikeforceで北米挑戦、UFC参戦も2連敗でリリース


DEEPライト級王者となり1回防衛した後、2012年、当時2番目に大きいMMA団体だった米Strikeforceと契約するも、パット・ヒーリー戦で敗れてしまう。

2013年、StrikeforceがUFCに統合されたため、UFCに参戦。同年3月の日本大会に出場するも、フェザー級に下げた減量苦から思うようなパフォーマンスを出せず、ハニ・ヤヒーラに敗戦。次のホドリコ・ダムにも負け3連敗。UFCをリリースとなる。

Road To UFC Japanで大澤"大尊"伸光、DJ.taikiを破る


UFCリリース後は、DEEPで再び活動し、3連勝。2015年、TUF日本版フェザー級トーナメントに選出される。

優勝候補とされた廣田は、初戦で1位指名の大澤"大尊"伸光に、テイクダウンをとるなど2-0判定勝ち。準決勝のDJ.taiki戦でも、落ち着いて試合を進め、3-0判定勝ちを収めた。


【第6試合】石原夜叉坊


出身:日本(大阪)
年齢:24
身長:171cm
体重:60kg
リーチ:cm
戦績:7勝2敗(UFC 初戦)
本名:石原暉仁(てると)


野球で140キロ、抜群の身体能力で格闘技を始める


鹿児島県徳之島で生まれた石原夜叉坊は、大阪で育つ。高校は、鹿児島の野球名門校に進学し、140kmを投げていたという。高校中退後、総合格闘技を始め、2011年にプロ転向。2011年、修斗フェザー級新人王決定トーナメントで決勝に進むも、後にPXC王者となりUFCと契約する田中路教に判定0-3で敗れてしまう。

その後、引き分けを挟んで3連勝するも、後にUFCと契約する佐々木憂流迦に2Rリアネイキッドチョークで敗れる。再起戦となったVTJ大阪大会では、韓国人選手にKO勝ち。2015年、TUF日本版フェザー級トーナメントに選出される。

Road To UFC Japanで安藤達也、西浦"ウィッキー"聡生を破る


UFC日本大会出場をかけた「Road To UFC Japan」では、8人中7番目の指名。初戦は、2位指名の安藤達也相手に、テイクダウンを切り続け、2-0判定勝ち。準決勝の西浦"ウィッキー"聡生戦では、決定打はなかったものの、打撃の手数やタックルなど積極性が評価され、2-0判定勝ち。

リングネームの"夜叉坊"は徳之島の方言で「暴れん坊」


"夜叉坊"とは生まれ故郷、徳之島の方言で「暴れん坊」「ヤンチャ坊主」の意味だという。

入場曲は、スピナビルの「ライオンの子」


父親が亡くなる直前に気に入っていた曲だという。ラジオで流れていたこの曲を気に入った父親は、周りの人に曲名を聞いていた。子供の夜叉坊が曲名を調べ、伝えようと思ったときには、残念ながら父親は亡くなっていた。結局、この曲をフルで聴くことはできなかった。


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