2016年2月18日木曜日

ジェニファー・ロペス、ラテンの女王【後編】


その美貌の裏にはいくつもの才能が宿っている。

女優としてスクリーンで輝きを放ち、シンガーとしてオーディエンスを熱狂させる。

2012年にはアメリカ経済誌『フォーブス』で世界セレブ番付1位に君臨。2013年には2500人目のハリウッドの殿堂入りを果たす。そして2014年、歌手デビュー15年目を迎えた彼女のCDトータルセールスは5500万枚を突破。

ジェイ・ロー(J.Lo)の愛称で親しまれ、人々の心を捉えて放さない、ラテンの女王、ジェニファー・ロペス。


新たな挑戦(2007年~2011年)


スペイン語アルバムをリリースした2007年。ジェニファー・ロペスは、さらにもう1枚リリースする。『ブレイヴ』。

Do It Well (ドゥ・イット・ウェル)

これまでチャートで常に高順位をマークしてきたジェニファー・ロペス。しかし、本作は12位に留まる結果となってしまう。


2007年になると新しい世代の女性スターが続々と登場していて、彼女も苦戦し始めた。リアーナや、ちょうどその頃ソロになったビヨンセ、テイラー・スウィフトもデビューしていた。新しい世代が出てきたところで、自分も何かやらなきゃいけないのかなと思い始めた転機を迎えたアルバムとなった。

Hold It Don't Drop It (ホールド・イット ドント・ドロップ・イット)
「私自身が何をすべきかを提示しているの。歌詞やいろんな面で自分が納得できる表現を追及してみたわ。アルバムを聞いてくれる人たち全員への勇気を提示してみたの」
時代に抗しながら何事にも挑戦するジェニファー・ロペス。そんな彼女が持つ勇気は異なる分野でも発揮される。


2011年、ジェニファー・ロペスは人気オーディション番組「アメリカン・アイドル」の審査員を、エアロスミスのスティーヴン・タイラーらと共に務めることになる。さすがにジェニファーとスティーヴンとなると話題にもなり、当時苦戦していた視聴率の面でも2人のスターパワーで一気に挽回して、ジェニファーにとっても番組にとってもいい結果となった。

「アメリカン・アイドル」となると、普段のアルバムや映画とは全く違う形でジェニファーという人に触れられる。「アメリカン・アイドル」のコンテスタントたちに対して、普段着の言葉で声をかけて会話をして、そうしたところで親しみやすいキャラが伝わったことで、また改めて彼女の魅力を人々に知らせることにもなった。


さらにこの間、ジェニファー・ロペスは38歳にして子宝に恵まれ、双子を出産していた。だが、その一方で夫のマーク・アンソニーとは離婚を迎えることになる。
「離婚はどん底に突き落とされた気分になるわ。やっと手に入れた夢が一瞬にして粉々になるの。死にたい気分よ。私は失敗したと。子供たちに完璧な人生を与えてあげられなかった。乗り越えるには現実と向き合うしかない。直視するのが怖くて背を向けてしまうものだけど。私自身、成長下と思う。深く傷つき失望感も味わったけど、自分を失ってない。ここは壊れてないの」

ジェニファー・ロペスは心機一転「デフ・ジャム・レコード」に移籍。そして、ニューアルバム『ラヴ?』をリリースする。

I'm Into You ft. Lil Wayne (アイム・イントゥ・ユー ft. リル・ウェイン)
「ニューアルバムの音楽と歌詞は間違いなく子供たちができたことに影響されているわ。愛というものを違う視点で考えるようになったのよ」
そして、本作の収録曲「オン・ザ・フロア」では、人気ラッパーのピットブルと共演。すると「オン・ザ・フロア」は世界各国のシングルチャートで1位を獲得。さらにYouTubeで現在までに8億回を超える再生数を記録。アルバムのヒットを後押しする1曲となった。

On The Floor ft. Pitbull (オン・ザ・フロア ft. ピットブル)

愛について見つめるという内省的なアルバムになるのではないかと思われていたが、逆にパーティーアルバムといえるような作品に仕上がっている。このアルバムからでた大ヒットシングル「オン・ザ・フロア」という曲は、彼女にとって「ジェニー・フロム・ザ・ブロック」以来の大ヒット曲となった。

この曲が話題を集めた一つの要因は、おなじみの「ランバダ」というかつての大ヒット曲をサンプリングしたことで、いわゆるアゲアゲなダンスチューンであった。世界的な大ヒット曲になってジェニファーが帰ってきたぞということを印象付けた。

ワールド・ツアー(2012年)


新たな挑戦を経て、再び熱狂的な支持を得ることになったジェニファー・ロペス。2012年、そんな彼女は大規模なワールドツアーに挑む。ダンス・アゲイン・ワールドツアー。

「初のワールドツアーよ。歌とダンスで、今までとは違う自分を見せたい。世界各地のアリーナを埋めないと。5大陸約80都市。それに加えて、子供たちが同行」-ジェニファー・ロペス-
「楽しみだけど、怖くもある。20代でツアーをするのとは、わけが違う。子育てと両立できるか心配みたい。20年前に一度ツアーを諦めてるの。今回もすごく悩んでいた」-ティアナ(いとこ)-
「未知の世界に足を踏み入れるのは怖い」-ジェニファー・ロペス-
当時リリースされたベスト盤のタイトルをとり「ダンス・アゲイン」というタイトルを掲げたツアーで、計80公演近く。南米からヨーロッパ、アジアまで回って、残念ながら日本には来てくれなかったが、かなり初めてにしては大掛かりなツアーとなった。もちろんダンサーを大勢連れて踊りまくる。この時43歳だったが、彼女のミュージシャンとしての力量を疑っていた人もあれで黙った。
「毎晩公演を行う度に、こう気づかせてくれたの。人生の道のりは険しいかもしれないけど、私たちは生きて愛して踊り続けられると」-ジェニファー・ロペス-
Dance Again ft. Pitbull (ダンス・アゲイン ft. ピットブル)

この年、ジェンイファー・ロペスはアメリカ経済誌『フォーブス』の世界セレブ番付で1位に君臨。さらに翌年の2013年には、2500人目のハリウッドの殿堂入りを果たす。

まさに、現在進行形で輝きを放つジェニファー・ロペスがそこにいた。


女性であること(2014年~)


2014年、ジェニファー・ロペスは、ピットブルの楽曲「ウィ・アー・ワン」に参加。この曲はFIFAワールドカップのオフィシャル・アンセムに選ばれ、彼女の声は世界中に響き渡った。

We Are One (Ole Ola) [The Official 2014 FIFA World Cup Song]

そして同年、「オン・ザ・フロア」、「ダンス・アゲイン」など数々のヒットを共に生んできたトッププロデューサー、レッド・ワンのレーベル「2101レコーズ」に移籍。


そして前作から3年の期間を経て、ジェニファー・ロペスは現時点での最新アルバムをリリースする。『AKA』。

本作はジェニファー・ロペスにとって記念すべき10作目のアルバムとなった。

I Luh Ya Papi ft. French Montana (アイ・ラ・ヤ・パピィ ft. フレンチ・モンタナ)
「私は自分の気持ちを正直に表現し、様々なジャンルにトライしてきたわ。この10作品目では私の好きなヒップホップ、ダンス・ミュージック、R&Bをミックスさせて気分が上がる音楽を作ってみたのよ」
Booty ft. Iggy Azalea (ブーティ ft. イギー・アゼリア)

音楽的には前作で取り入れたダンスポップ路線をさらに推し進めて、いわゆるEDMと呼ばれるサウンドを積極的に取り入れている。そしてしばらく薄くなっていたラテンの要素もここにきてかなり復活している。

このアルバムからのヒット曲というと「ブーティ」という曲で、アルバムの中ではピットブルが参加していたが、シングルカットされたのがリミックスバージョンで、2014年大ブレイクしたイギー・アゼリアという女性ラッパーが参加している。「ブーティ」とは、お尻のこと。ジェニファーもお尻が自慢の人で、女性の力強さをアピールするアンセムに仕上がった。

First Love (ファースト・ラヴ)

ジェニファー・ロペスは2014年に歌手デビュー15周年を迎えた。しかし、彼女は単にシンガーとしてだけではなく、屈することのないバイタリティで、常にマルチな才能を発揮し成功してきた。

ニューヨークで生まれた幼き少女は、女優となり、シンガーとなり、そして母となり、様々な愛の形に触れてきた。そんな彼女はい言う。
「音楽は私の"ファースト・ラヴ"なの」
ジェニファー・ロペスは、一人のアーティストであると同時に、誰よりも女性であることを楽しんでいる。
「もちろん愛は人を美しくすると思うわ。でも、重要なのは誰を愛するかではなく、自分を愛することを学ぶことよ」

ジェニファー・ロペス、ラテンの女王【前編】
ジェニファー・ロペス、ラテンの女王【中編】
ジェニファー・ロペス、ラテンの女王【後編】


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